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創刊100周年企画 古今「秋田犬」

第1部

亡き主人の帰りを待ち続ける ハチ公の物語 秋田犬の存在を全国に 渋谷と大館の交流も
2018-10-29
大館駅前でりんとたたずむハチ公像。奥にはハチの若い頃の姿をかたどった秋田犬群像も
 亡き主人の帰りを、東京・渋谷駅前で待ち続ける忠犬―。誰もが一度は耳にしたことのあるハチ公の物語が秋田犬の存在を全国に広めることとなった。
 1923(大正12)年11月、ハチは大館市大子内の斎藤義一宅で父・大子内山号、母・胡麻号との間に生まれた。雄4匹のうちの1匹で赤毛の子犬だった。無類の愛犬家で、当時純系の秋田犬を探していた東京帝国大学(現・東京大学)農学部教授の上野英三郎博士に生後約2カ月で引き取られた。
 ハチは「ジョン」と「エス」という2匹の洋犬とともにかわいがられ、博士を最寄り駅の渋谷駅まで送り迎えすることもあった。しかし25年に上野博士が脳出血で倒れ急死。ハチは浅草や代々木富ケ谷の博士の関係者の元に預けられた後も、渋谷方面に歩いて向かう姿が見られた。
 27(昭和2)年ごろから頻繁に渋谷駅前に現れ、亡き主人の帰りを待つようになったハチは、通行人などから虐待を受けたり子どもからいたずらされることも多かった。そうした状況を哀れんだ日本犬保存会初代会長・斎藤弘吉は32年、ハチの事を新聞に寄稿。「いとしや老犬物語」というタイトルで掲載されると、全国から見舞金が送られるなど人々の心を打った。同年11月の日本犬展に、ハチが招待犬として招かれたことを契機に、その名は全国的に知られるようになり、親しみを込めて「ハチ公」と呼ばれるようになった。
 34年には「恩ヲ忘レルナ」と題して尋常小学校の修身教科書にも掲載された。ハチが死んだ35年には渋谷駅前で人間さながらの葬儀が執り行われ、花環が25、生花が200、手紙や電報が180届いた逸話からも、いかに人々に親しまれていたかがうかがえる。
 こうしたハチ公の物語は、大館市と渋谷区との間に人的交流をもたらした。市や駅、郵便局などが姉妹提携を結んでいるほか、88年からは大館青年会議所(JC)と東京JC渋谷区委員会の交流が始まった。
 大館から渋谷区民祭や、渋谷のハチ公慰霊祭などのイベントに出席。当初は大館側の関係者が出向いて観光PRをする形が中心だったが、区民を呼び込む事業も始まった。2002年度からは、ニプロハチ公ドーム(樹海ドーム)で行われていた雪合戦大会「スノーバトル」に渋谷の小学生を招待。以降7年間、渋谷から継続して参加があり、地元児童と交流を深めた。
 09年度からは大館JCの青少年育成事業「渋谷・大館グリーンツーリズム」がスタート。渋谷の小学生を大館に招いて、秋田犬との触れ合いやきりたんぽ作りなどを体験してもらい、大館の魅力をアピールした。事業は現在も継続して行われており、毎春に渋谷の小学生が大館を訪れ交流している。開始当時の縁を絶やさず、今でも文通などで交流がある参加者もいる。
 大館市生まれ渋谷区育ちのハチ公が懸け橋となり紡いだ縁が、現在も脈々と受け継がれている。
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