本文へ移動

創刊100周年企画 古今「秋田犬」

第1部

二つの会、一本化で現在に 秋田犬保存会 「秋田犬を世界の犬種に」 犬籍国内2千匹台 海外は74匹から4千匹に
2018-10-31
今年5月の秋田犬保存会本部展で観客に初披露された秋田犬「マサル」(桂城公園)
 犬都・大館市に本部を置く秋田犬保存会。過去には理念を同じくする秋田犬保存協会が存在し、二つの会が同時に活動していた時代があった。1954年の一本化協定締結を経て現在の体制が確立した。
 飼い主への忠誠心が人気の秋田犬だが、犬種としての歴史は浅く誕生から100年ほどしかたっていない。もともとは人と共にクマの狩猟を行う「秋田マタギ犬」。闘犬が盛んになった明治中期から、土佐犬との交配が広がった。大型化を図る過程で「グレートデン」や「シェパード」などの洋犬の血が混ぜられると、交配で生まれた犬は立耳、巻尾など本来秋田犬が持つ特徴を失い「新秋田」と呼ばれた。
 大正時代に入ると、学識者らによって「純粋な秋田犬を保存すべし」という機運が広がった。1927年に、当時の大館町長・泉茂家によって秋田犬保存会が設立。31年に秋田犬が日本犬で初の天然記念物に指定されると、36年には当時の児玉政介知事を会長とする秋田犬保存協会が発足した。
 種を守りつつ改良に努めた保存会に対し、協会は商売に重きを置いた。戦中戦後の食料難により、秋田犬の数は激減。犬に餌をやるだけで「国賊」と呼ばれた時代だったが、保存会を中心に地道な繁殖が行われた。37年にヘレン・ケラーに贈ったのを機に秋田犬ブームが訪れると、雑種化した犬までが高値で取引された。2013年から15年まで保存会の会長を務めた富樫安民さん(74)は「お金のある人だけが秋田犬を飼育できた時代。種を守ろうという理念は同じであったはずだが、売買が後を絶たなかった」。
 1954年に当時の佐藤敬治市長が保存会長に就任すると、純血種を守るべく「秋田犬保護育成条例」を制定。6章15条で構成され、事業や専門委員会の設置、優秀犬の指定と解除などを定め、優秀指定犬の出品を市長が勧告できることも盛り込まれた。同年10月7日に条例が制定された2日後、両会の一本化協定が成立。獣医師で保存会顧問を務めた故・小笠原圭一さんは、以前本紙の取材に「合併を推進するための条例だったかもしれない」と答えている。条例は現在も存在しているが、実質的な適用はなく、関連する記録も残っていない。
 合併し現体制となった保存会の目的の一つに「秋田犬を世界の犬種として海外に発展せしむる」ことがある。会員数は1972年にピークの約1万4200人を数えた後、高齢化や飼育環境の変化などで減少に転じた。しかし近年は、海外の著名人へ秋田犬を贈呈するケースが増えている。2012年にロシアのプーチン大統領に雌の秋田犬「ゆめ」を贈呈。今年5月にはフィギュアスケートの五輪金メダリスト、アリーナ・ザギトワ選手に雌の「マサル」、大相撲の元横綱・朝青龍に雄の「マサオ」が贈られ話題となった。
 秋田犬人気は国内にとどまらず世界的ブーム。海外18カ所にクラブを持つ同会によると、人間の戸籍に当たる「犬籍」登録件数は近年、国内で2000匹台で推移する一方、海外では2011年の74匹から、17年は約4000匹と大幅に増加している。
 戦中戦後、純血種の保存に尽力した先人たちの労苦が、今日の秋田犬人気を支えている。
印刷に関するご案内
ご案内
広告に関するお問い合わせ
お問い合わせ
購読のお申し込み
購読お申し込み
掲載写真のご購入
ご購入お申し込み
後援のお申し込み
資料請求
記事・写真等2次使用について
資料請求
株式会社 北鹿新聞社

〒017-0895
秋田県大館市字長倉79
TEL.0186-49-1255(総務課)
FAX.0186-43-3065(総務課)
 
*日刊新聞発行および一般印刷*
TOPへ戻る