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結核について1
北秋田市国民健康保険合川診療所 齋藤浩太郎
HIV感染者の増加がそのまま結核患者の増加に結びついていることから、WHOは西暦1993年、「結核における非常事態宣言」を出しております。本邦においても1998年、結核患者の死亡数が38年ぶりに増加したことを受けて、厚生省(現、厚生労働省)から1999年、「結核非常事態宣言」が出されておりますことは御記憶されておられる方も多いと思います。かつて本邦では患者統計が取られ始めた1900年(明治33年)の結核死亡率(人口10万対)が163・7、1918年(大正7年)では257・1、と最高値を示しております。1950年(昭和25年)は146・4と低下の傾向を示しておりますが、昭和初期までの年齢階級別調査によりますと結核死亡者は15歳から29歳の青年層に集中しておりましたために、長い間「国民病」とか「亡国病」と恐れられ死因の第1位をしめておりました。
終戦後の医療の進歩や生活水準の向上により、結核は身近な病気ではなくなった感がありますが、結核は依然として本邦最大の感染症と位置づけられております。現在、日本の結核患者数は減ってきたとはいえ先進工業国の中ではいまだに著しい高罹患率を示しております。たとえば、WHOの2002年の報告で結核罹患率(人口10万対)は日本が24・8、イギリス11・7、ドイツ8・4、アメリカ5・2となっております。
最近の日本における結核発病の特徴として、60歳以上の高齢者と20歳代の青年層に高い発病率が見られることです。20歳代で急に罹患率が高くなることは、社会生活が始まる世代に新たな感染がおきていることを示しており、無視することのできない現象といえます。そのほか、都市部に結核発病率が高いという地域間の格差があること、在日外国人、特に東南アジアからの来邦者のなかに結核罹患率が高いことが指摘されております。その他、糖尿病を有している人、胃の切除を受けた人、HIV感染者、悪性腫瘍を有している人、人工透析を受けている人、副腎皮質ホルモン剤の投与を受けている人、社会経済的弱者など、発病危険因子を有している人に発病率が高いことが言われております。
かつて、結核は家畜の病気であったものが約1万年ほど昔、人に感染したものといわれております。日本においては、縄文文化から弥生文化に移行した過程の中で弥生人がもたらした結核が縄文人の中に広く感染していったものと考えられておりますし、ペルーのインカ帝国の滅亡もまたスペイン人のもたらした結核が大きな原因であるとされております。結核も人類の歴史を変えた病気のひとつとも考えられます。結核の感染は結核患者の咳やくしゃみによって排出される結核菌を周囲の人が吸い込むことによって起こる空気感染です。喀痰の中に菌を排出していない軽症の患者や抗結核薬の投与を受けている患者からほかの人に感染することはありません。また、結核菌を吸い込んでもヒトの免疫機能が働くことにより発病にいたる例は少なく、感染を受けても発病する割合は10人に1人といわれます。結核菌は肺、骨、皮膚、腹部内臓器官にそれぞれ病巣を作りますが、一番発症率が高く、また感染源や病状として問題にされるのが肺結核です。肺結核は毎年報告される全結核の80%強を占めております。肺結核を疑わせる症状としては2週間以上の長引く咳、長引く微熱、痰(時に血痰)、体重減少、長引く倦怠感、胸痛などが挙げられますが、高齢者の場合は病状がかなり進行しない限り咳や痰が出ない例が見られますし、発熱の見られない例も多くあります。私の経験では高齢者の肺結核患者の60%の方が食欲低下を訴えて受診しております。肺結核の患者の食欲低下についてはかつて正岡子規が日記「仰臥漫録二」の記述の中にその症状を詳述しておりますし、石川啄木も、その死後出版された「悲しき玩具」のなかで、あたらしきサラドの色のうれしさに箸とりあげて見は見つれども―と歌っています。高齢者の方が呼吸器症状のほかに食欲の低下の症状が見られるときは、その身近におられる方はもしかして肺結核ではと、一度は疑念を抱くことも大事です。
(北秋田市)
(協力・大館市北秋田郡医師会〉
(平成17年6月17日掲載)
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