毎週金曜日本紙掲載・協力:大館市北秋田郡医師会

子育て論・しつけ

扇田病院小児科 神田 進

 およそ3歳の頃、こどもが何かと聞きたがってうるさいと思える頃、教育の最初のチャンスであるこの時がまたこどものしつけの最初のチャンスでもある。こどもが何でも聞きたがっているこの時にこどもの質問に十分答えつつこどもに人間の社会のルールを教えることができるのだ。こどものしつけとはこどもに人間社会のルールを教えることである。いわく、人を殺すな、うそをつくな、約束を守れ、などである。このような人間社会のルールは既に忘れ去られたかのように見えるものもあるが、昔も今も特に変わるものではない。なぜならば人間自身の生命を守るためのルールが多く含まれているからである。生命に直接関係するようなルールは厳しく教えられる必要がある。しつけも教育の一種ではあるが生命を守るためのルールの教育という意味合いが強い。教育とは決められた方向に行動変容させることである。こどもに行動変容を促すためにいささか暴力的な方法がとられるとしてもこどもの命を守るためであれば許容される。従って「生命を守るルール」を教えるためにはしつけは厳しく行われなければならない。
 親がこどもを完全にコントロールすることは徐々に難しくなる。しかし親の都合のいいようにコントロールすることがしつけではない。しつけとはただ叱ることでもない。人間社会のルールを人間社会のルールにのっとり教えることがしつけである。一種の教育であり、その最大の基本は「手本を示す」ことである。また教えることはコミュニケーションの一つであり、人間社会のコミュニケーションは主に言葉でするというルールもある。人間社会のルールはすべて言葉で説明が可能である。だから生命に直接関係のないルールはすべて言葉で説明しなければならない。どんな小さなこどもにでもわかりやすい言葉で繰り返し説明すれば必ず理解させることが可能である。しつけには辛抱強さが必要である。感情的にならず理論的にしつけることが必要である。
 しつけを始めるべき時期は言葉を覚え始める時期と一致するが、この時期以後こどもは徐々に自立の準備をしている。こどもと親のコミュニケーションは言葉がますます重要となり、それ以外のコミュニケーションは難しくなる。こどもと良好な関係を続けたければ、よくコミュニケーションすること、つまりよく話し合うことである。自分達の考えはすべからく言葉として伝え、どんな感情も言葉として表現するよう努めることである。共通の話題を確保することもコミュニケーションのための重要な技術となる。
 しつけのために愛情を捨てる必要は全くない。しかし愛情はその主体が動揺すると愛情もまた動揺するものであることに注意する必要がある。親が動揺すると愛情も動揺する。愛情が動揺するとこどもは戸惑う。こどもが親の愛を見失わないように親の態度を一定に保ち、しつけの内容を同一に保つ努力が必要である。人間社会のルールはいつも同じである。親の都合で勝手にルールを変えてはならない。
 しつけは教育の一種であることを認識すべきである。その上で初期の段階でしっかりとしつけをすることである。初期のしつけとその後の教育の方向さえ正しければ、後にこどもは自分で自分をしつけることが可能である。

(平成17年3月4日掲載)

インデックスお茶の間クリニック トップへ